Kohei SOGA, Ph. D.

 Kohei SOGA, Ph. D. [ English ]
東京理科大学 基礎工学部
材料工学科  教授
東京理科大学 先進工学部
マテリアル創成工学科 (2021~)
博士(工学)曽我 公平

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曽我公平の歴史

1967年 東京は阿佐ヶ谷の河北病院にて産声をあげる。

---大阪・高槻市時代---

生まれてまもなく大阪府高槻市の古曽部町に住み着く。

当時は高槻市も田舎であった。マリアインマクラダ幼稚園入園。

高槻市立磐手小学校入学。通学路は田圃の中の道。

登校は15分なのに下校には必ず1時間くらいかかった。

蛙、亀、ザリガニ、木の枝になるグミの実、無花果、冬の田圃のレンゲ畑、

天神様のお祭り、巨大な竹薮.......。 今も健在だろうか。

---東京・世田谷時代---

父の仕事の都合で東京世田谷の中町に引っ越した。

小学3年生夏~ 世田谷区立中町小学校へ転校。

この頃、将来自分は放送技師(そんな職種があるのだろうか)になると

思っていた。なんだか電気関係のもんをいじくり回すのが好きだった。

家のブレーカーも何度か飛ばした。

---東京・荻窪時代---

小学校を卒業すると同時に杉並区の天沼に引っ越した。

区立天沼中学校(あまちゅう)入学。当時最も面白かったのは

七宝焼。でも当時は将来ガラスに関わるとは思ってもみなかった。

世間では校内暴力真っ盛りの頃だったが、なぜか天中は平和であった。

(本当に珍しかったらしい。)理科好きはこのころからで、

区の施設でやらせてもらったネズミの解剖が印象に残っている。

竹内均氏の講演会を聴く機会があり、地球物理学者になろうと思った。

---東京・吉祥寺時代---

都立西高等学校に入学した。その年の夏に吉祥寺に引っ越した。

雨の日も風邪の日も自転車通学。西高はリベラルな雰囲気が好きだった。

吹奏楽部に入った。西高時代の99%は部活だった気がする。従って、3年になって

「家から近い国立なら東大かなあ」と思い、担任に進路指導の時に話したら、

成績を見ながら「冗談じゃないよ」と言われてしまった。

テストで0点を取っても気にならなくなった。順調に浪人した。

---駿台時代---

駿台予備校に入学した。唯一通った私立学校。優れた教師に恵まれた。

受験勉強という意識はあまりなかった。本当に学び考えることが楽しいと思ったのは

このときが初めてだったかも知れない。この頃の自分はちょっと哲学的だった。

---駒場時代---

大学での有意義な学問的研鑽の夢は脆くも約3カ月で崩れ去った。

講義は恐ろしくつまらなかった。唯一楽しかったのは、木村尚三郎先生の

西洋史の講義とゼミであった。バンドのサークル「音感」に入った。

(余談だが、このサークルは昔歌声サークルで、有名な「森の熊さん」の

日本語訳の著作権を持っている変なサークルである。)

毎日、大学には行っていた。しかし殆どは新学生会館にいた。

典型的な遊んでばかりいる日本の大学生だったかも知れない。中途半端に遊ぶのは

いやだった。徹底的に遊んだ。しかし、なぜか本郷には順調に進学した。

一緒にあそんで黒マジだった友人に裏切り者と呼ばれた。

かくて中学時代のもくろみに反し、地球物理ではなく金属工学を学ぶことになった。

底点だった。あぶなかった。

---本郷時代---

本郷に進学して、講義ははるかにわかりやすくなって、多少興味がもてるようになったが、

ゴールデンウィークに続けて五月祭→梅雨の流れに勝てず、友人に「おまえは五月病だ」

といわれた。当時、大学のUNIXを使った電子メールやチャットがはやり始め、自宅から

大学にモデムでつないで、友人にレポートの課題をきいたり、プログラムを転送して

もらったりしていた。研究室に配属されてからは、自分のペースで必要を感じたことについて

勉強できるようになり、それまでの3年間よりもはるかに多くのことを勉強した。

しかし、教養学部時代に築かれているべきベースの不足は今でも感じている。

(だからといって、今タイムマシンで大学1年生に戻っても、とても勉強するとは思えないが)

学部と修士は金属工学を専攻したが、途中で研究室自体の所属が材料学に移ったので

博士の専攻は材料学。卒論から助手を4年半勤める間、現東京大学工学部マテリアル工学科

ガラス材料学研究室でお世話になった。研究の相手はガラス。従って、金属工学の学士号と修士号を

持ちながら、金属のことは良くわからない。その後、諸般の事情により、

東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻マテリアル・機能設計学講座

というやたらに名前の長い研究室に所属が変更になった。名刺のレイアウトに困った。

実際、木村薫先生のこの研究室を我々は単に「木村研」とか「ぶっせい(物性)」とか

呼んでいる。

---ニュージャージーの一年間---

「木村研」に移って間もなく、米国ニュージャージー州立ラトガース大学へ留学する機会に恵まれた。

着任後すぐに留学を許していただいた木村先生に感謝。

留学するにあたって「ラトガース大学ってどこにあんの?」と聞かれ、「ニュージャージー」と

答えると、さらに「ニュージャージーってどこにあんの?」という質問が返ってきた。

正解はニューヨークのとなりです。なんでもこの大学は、アメリカの州立大学で唯一、

州の名前が付いていない大学で、なぜなら、アメリカ合衆国成立前から大学があったから、

というのが理由だとか。ちなみに大学の創始は1766年。

渡米後間もなく、ハリケーン「フロイト」による大洪水に見舞われながらも、

楽しくアメリカ生活をすごした。

---再び本郷へ---

一年間の留学を終え、再び木村先生の研究室でお世話になることになった。

カルチャーショックと言うのは帰国の際にも訪れるもので、

いったん外国に暮し、日本を再認識した後に帰国し、軽いカルチャーショックを感じた。

前よりも日本が少し良く分かったような気がする。

「正20面体クラスター固体」という新たな研究テーマに着手

---柏キャンパス---

研究室とともに柏キャンパスへ移転した。

住所は「柏市柏の葉」。「葉」というのが味噌で柏駅からバスで20~30かかる。

常磐道柏インターからは数分の便利さ。いずれにしても新たなオフィスで静かな環境に恵まれる。

---野田キャンパス---

研究室を持つことになった。

はじめてみると結構大変、でも大変な分だけとても楽しい。

楽しみの一つは運河に弁当を持っていって学生とのランチタイム。

Kohei SOGA, Ph. D.

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